本稿は,平成19 年7月に開かれた第48 回日本歯科医療管理学会総会の特別講演2「何をきっかけに,どう変わっていったか—私の診療所の場合—」を,改めて書き下ろしていただいたたものです.<編集部>
はじめに
このところメ景気が回復基調にあるモ という記事がエコノミストの予測として新聞紙上を賑わせている.また,大都市の地価はバブル期の高騰の兆しが再燃しそうな勢いだそうだ.一方,私たち歯科業界はどうであろうか.歯科医師過剰問題や医療費の患者負担割合の増加,それに加え平成18 年4月の診療報酬改悪などにより,経営面でますます厳しい事態を強いられているのは当院だけだろうか.
この状況を打開するためにはどうすればよいのだろうか.それには,歯科医療の最前線を担うわれわれ一般開業医が患者様に信頼され尊敬される地道な努力を続けることに尽きる,と私は考えている.
私は,大学を卒業して30 年目になる一般開業医である.私の卒業当時は,「歯科技術を研鑽することが素晴らしい歯科医師になる唯一の道である」と教えられた.そして,それをかたくなに信じ,歯科技術の習得に励んできた.
しかし,ある時期からそのような考えに疑問を感じるようになってきた.それは,私の歯科医院に通って来てくださる患者様が「いい顔をしていない(幸せになっていない)」ということを感じるようになってきたからだ.これは,学会やスタディーグループでの発表のための良い症例をつくることを最優先にし,患者様の気持ちをおろそかにしていた結果だと反省したが,このとき,「技術を追求することだけでは患者様を幸せにできない」ということを真に痛感したのである.
そのことに気づいてからは,「患者様が幸せな状態になれる歯科医療とはどのような歯科医療だろうか」「患者様に愛される歯科医院とはどのような歯科医院だろうか」ということをスタッフと共に考え続け,改善を図ってきた.そしてその結論が,患者様が真に望む歯科医療を実践することであり,患者様と長く関わり続ける歯科医療を実践していくことであった.その結果,少しずつではあるが「いい顔をしてくださる患者様」が増えてきた.また,それに伴い,私自身もメ歯科医療を通じて社会に貢献できているモ という実感を抱けるようになってきた.
本稿ではこのような経験から,私の反省を含め,当院の変化の軌跡をご紹介したい.
Ⅰ.臨床歯科医としての私の軌跡
私は歯科大学を卒業後,5年間開業医に勤務したのち,北九州市小倉北区の父の歯科医院へ戻った.そして5年後に,その歯科医院を親子継承した.当院は小倉の中心街のオフィス街のビル内にあり,ユニット7台,スタッフは歯科医師4名(うち1名は父であるが,現在は診療していない),歯科衛生士6名,受付2名,滅菌専属パート1名で,1日の平均患者数は約50 名,1月の平均患者件数は約450件という,中規模の歯科医院である.
福岡県には歯科大学と大学歯学部が合わせて3校あり,東京都,大阪府に次ぐ歯科医院の多い県で,かつ北九州市小倉北区は歴史の古い九州歯科大学のお膝元ということもあり,歯科医院の激戦地である.それに加え,北九州市はいわゆる「鉄冷え」で,かつて百万都市であった人口も現在では100 万人を切り,なお減少傾向にあり,企業の支店の多くが福岡市にある福岡支店に合併統合され,北九州市から退去.街全体が活気を失って久しい.
幸い,当時父の歯科医院では,父を慕ってたくさんの患者様があふれるほど来院され,毎日多くの感謝の言葉を耳にした.治療自体は外れたクラウン・インレーの再装着や義歯の修理など,いわゆる対症療法的な治療が中心であったが,今にして思うと,あれ(感謝の言葉の飛び交う状況)が医療の原点ではないかという気がする.
しかし,当時の私はそのような医療に満足できず,焦りと不安の日々を過ごしていた.ちょうどその頃,北九州歯学研究会というスタディーグループに出会い,先輩諸氏のご指導をいただき,研鑽を積み,その結果,まがりなりにも人前で講演をしたり歯科雑誌に執筆できるようになってきた.また,海外の学会での発表の機会をいただいたり,大学の同窓会や県歯科医師会の学術講演会の講師なども務めるようになっていった.しかし,これらのことは未熟な私の驕りにも繋がっていったのである.
Ⅱ.立ちはだかった壁
それまでは,来院してくださるすべての患者様に全力で打ち込み頑張ってきた.しかし患者様が増えるに従い,それが物理的に不可能になり(当時,歯科医師は私と父の2名であった),自費治療の患者様を優先せざるを得なくなってきた.また,視野の狭い私は,研修会で新しい技術を習得してくるたびに,それを行うことがメ患者様のために最善だモ と信じ,患者様の社会的,経済的立場も考えず,インフォームドコンセントの名の下にその技術を患者様に押し付けていった.今思えば,その当時はメ患者様の訴えをじっくり伺うモ ということもしていなかったように思う.
当然のことながら,この時期を境に患者様が少しずつ減り始めた.しかし,自費の患者様をじっくり治療することができるということを理由に,患者数の減少はあまり気にかけないようにしていた.そうこうしているうちに数年が経過したが,ふと気がつくと明日のアポイントノートを埋めることさえできない状況になっていた.それと同時に,当院の患者様が「いい顔をしていない」ことを様々な場面で感じるようになってきた.
鈍感な私はこの時期に至ってはじめて大きな危機感を抱き始めた.患者数の減少のみならず,歯科医師過剰時代の到来の予感,それに加えて,年々確実に衰えていく自分自身の体力への不安も抱いた.そしてインターネットの普及である.それまでは医療機関の評価は医療関係者がするものであったが,これからは患者様自身が情報を収集し評価する時代だという事実などなどから,メどうにかしないと大変なことになるモ と感じ,自分自身の自己改革を含め,いろいろと新しい取り組みを始めるに至った.
Ⅲ.解決への道
まず,友人の勧めで藁をもすがる想いで,ある自己啓発セミナーに参加した.そこでは自分自身の人間性について改善すべき点をたくさん気づかせていただいた.何のために生きているのか,何のために,誰のために歯科医師をしているのかなどを,初心に返って考える機会になった.そして,明確な目標を設定し,それを文章化し全スタッフに周知する必要性を学んだ.
そこで当院の社是を「いい病院をつくりましょう」とし,当院の在りたい姿として「1.患者様に心から喜んでいただける歯科医院 2.患者様があふれるほど来院していただける歯科医院 3.患者様に思いやりをもった暖かい歯科医院 4.患者様と明るい会話の弾む歯科医院 5.整理整頓,清掃された清潔な歯科医院」の5つを掲げ『最高級のおもてなし』をキーワードとして,スタッフと共に取り組んでいった(図1).
いわゆる「患者様を中心とした歯科医療」「接遇を大切にした歯科医療」を実践していったのである.そして,上記の目標達成度の目安を「患者件数」とした.「いい医院」であるかどうかを数値として表すのは難しいことから,メ患者数が増えることが患者様の満足度を反映しているモ と考えたからである.そのためにエクセルを活用し,当院の経営状況をグラフ化し,スタッフと共に観察することも始めた.
そのほか,スタッフとの情報の共有のために朝礼を開始した.これは以前から必要であるとわかってはいたが,私の「人前で話をするのが嫌いだ」という個人的な理由で残念ながら行ってこなかった.ある経営セミナーで知ったことだが,倒産する企業は,ただ単にメ当たり前のことモ を当たり前にしてこなかった企業だそうだ.朝礼にしても今思えば当たり前のことだったのだと思う.診療前にその日来院してくださる患者様の体調の善し悪しや,前回の治療の情報,新患の患者様の情報や紹介してくださった方の情報など,医療機関として『最高級のおもてなし』のためには必要不可欠なことである.この朝礼によって,スタッフとの情報交換や患者様の貴重な情報などを共有することができるようになってきた.それと同時に,医院経営者としての私の理念をスタッフに語り続ける場ともなった.
その他,患者様の情報を共有する手段として「患者様覚え書きカルテ」をつくり,患者様との会話の内容や気づいたことなどを来院ごとに記入していった(図2).そのカルテをすべてのスタッフが事前に目を通すことにより,患者様とのコミュニケーションを図ることに役立てていった.
また,それまでは受付専任のスタッフをおいていなかったが,患者様の接遇を優先するという観点から,ビジネススクールから受付専任スタッフを雇用した.このことも,一般の病院やサービス業では当たり前のことなのではないだろうか.今では受付は2名になり『最高級のおもてなし』という当院の理念を実践する中核的存在となった.
さらに,スタッフ全員で接遇のセミナーや予防歯科の講演会,カウンセリングのセミナーなどに参加するようにもなった.ただスタッフだけを参加させるのではなく,私もできる限り一緒に参加するようにしている.このことにより,村上歯科医院がどの方向に向かって行こうとしているのか,私がスタッフに何を望んでいるのか,などを自然に感じ取り,身に付けてもらうことに繋がった.
一方,診療面においては,当院の得意技である「保存的歯周療法」の中の歯周基本治療を患者様への教育の場と位置づけると共に,信頼関係を築く場として捉え,重要視していった(症例Ⅰ・症例Ⅱ).これらの努力により,徐々にではあるが「いい顔をしてくださる患者様」が増えてきた.それに伴い,経営面にやや余裕ができ,診療台の増設(図3),歯科衛生士および歯科医師の増員などにつながっていった.さらに,患者数も年々増加し,改革を始めた8年前に比べると2.5 倍近くに増えてきた.
また,歯科医療サービスのより一層の充実を図るため,国際標準化機構ISO の品質マネージメントシステムであるISO9001の認証を取得した.これにより,スタッフ自らが目標を設定し「Plan → Do →Check → Action」のサイクルを回していってくれるようになった.
その他として,ホームページを開設した.これはかなり重要だと思う.以前は新患の患者様の大多数がご家族や知人のご紹介で来院されていたが,最近ではホームページをご覧になって来院される方がかなり増えてきた.特に当院はオフィス街にあるため,会社員の方が仕事中にインターネットで検索をして来院されたり,村上歯科医院を紹介されたのちにインターネットで確認して来院されているようである.高齢者の方でも,家族の方がホームページをご覧になられ当院を勧められた,と言われて来院される.
また,ホームページをご覧になってアメリカやアフリカからも来院された.もちろん来院される方は日本人であるが,海外に滞在されており,帰国した折に治療しておきたいと,インターネットで検索しアポイントを取られるのだ.昔では考えられない事態に驚く.
Ⅳ.患者様が真に望む歯科医療の実践(症例を通して)
今までお話ししてきたことのまとめとして,一人の象徴的な患者様との関わりをご紹介したい(症例Ⅲ).
患者様は56 歳の女性で,ご職業はある生命保険会社の北九州支部長をされている方だった.残存歯は22 本あったが,そのほとんどに,根尖部近くに至る骨吸収と高度の動揺が認められた.しかし患者様の主訴は,抜歯はせずに定年までの4年間,このままの状態を保って欲しい,というものだった.お話を伺うと,支部長として人前で講演をする機会が多く,歯を抜くことや入れ歯になることが大変お困りになる,という理由であった.
そこで患者様の要望に応え,修復治療は最小限にとどめ,口腔衛生の確立という治療方針で臨んだ.そうすることが患者様の望みであり,患者様が喜ばれることであればメそうしてあげようモ と考えた.そして,スケーリングやルートプレーニングなどの歯周基本治療だけはさせていただくことをご了解いただいた.そこには,メ歯周基本治療をしっかりと行うことは,現在の患者様の状況よりも必ず良い方向に向かう(マイナス要因にはならない)モ という確信があったからだ.途中,トラブルの発生した歯牙だけには簡単な処置をさせていただいたが,その他は,歯周基本治療とその後の1カ月に一度のメインテナンスを続けていった(Ⅲ -18).
ところが3年半経過したころ,患者様から「半年後に定年になり神戸に自宅を建てて転居するので,半年間で先生の望む治療をお願いしたい」,との申し出があった.結果的に継続的な歯周基本治療の効果で歯槽骨の修復が起こり,上顎8本,下顎6本の歯牙を保存することができ,クロスアーチのスプリントで補綴を終了することができた.ただ,修復治療期間が半年間しかなかったことで,歯周外科処置も行えず,およそ完璧な治療と言える結果ではないが,患者様には大変感動していただいた.
その患者様からのお手紙をご紹介する(Ⅲ -19).また,治療終了時に行うアンケート用紙の中にも「明るい挨拶,やさしい気配り,励ましの声かけ,不安を取り除いてくれる解りやすい説明,高度な治療技術,治療中の熱意,一生懸命さが伝わり,私も心の中でありがとうをくり返していました.心から感謝しております」という言葉をいただいた.手前味噌ではあるが,これからの医療の在るべき姿をそのまま言葉にしたような内容に驚き,感激した.この患者様は今でも3カ月に一度,新幹線で神戸から通ってくださり,神戸でのいろいろな楽しい日々のお話をしてお帰りになられる.
さて,このような結果を得たのは,単に表面的な接遇を強化しただけでは実現できることではなかったと思う.医療者側の押し付けの医療ではなく,患者様の真に望む医療を心がけ,患者様の尊厳を大切にした結果だと考える.また,これにはやはりそれまで培ってきた歯科治療技術があってはじめて実現できたことであろうと思う.技術の研鑽と患者様の人格を尊重した接遇が相まってこそ,このような「いい顔をしてくださる患者様」が生まれたのではないだろうか.
一方,経営面でもメ困難な時にこそチャンスがあるモ と思っている.医院経営者としての院長のリーダーシップのもと,患者様の求める歯科医療を追求する地道な努力が患者様に感動を与え,良い結果を生むのではないだろうか.
おわりに
最近,臨床発表や歯科雑誌の症例等を見ていて感じることがある.この中で患者様を不幸にしているケースがいくつかあるのではないだろうかと.患者様は本当にここまで求めていたのだろうか.治療が終わった後,メ治療して本当に良かったモ と正直に思っている患者様が何人いるのだろうか.そして,その修復物がどれだけ持つのだろうかと.ほとんどの講演や発表で提示される症例は成功例だ.私が出す症例も然りだが,その陰にどれだけ多くの失敗症例が隠されているのだろうかと.
われわれ歯科医師は,すでに壊れてしまった口腔をメどうにか修繕するモ ことも,とても大切な仕事だ.そのために,われわれ歯科医師は多くの学会や研修会などに参加し,研鑽を積んでいる.しかしわれわれのもっと大切な仕事は,口腔の修繕よりも,そのような状態になって残念だと思われている患者様のメ気持ちの修繕だモ と思う.できれば崩れてしまう前の健康な時点で,その状態のままで一生過ごしていただくためのお手伝いができれば,もっと素晴らしいことだと思う.
以前,新聞の対談の中で,京セラの稲盛和夫会長が「これまでは相対的価値を求める時代であったが,これからは絶対的価値を求める(真実の追求)時代になる」といった主旨のお話をされていた.医療人にとって「真実の追求」とは「健康の追求」であり,歯科医療においては予防的な療法であり,MI に代表される保存的療法であると考える.
それぞれの地域には地域性があり,それぞれの歯科医院にはその数だけ診療の考え方がある.そしてその医院の得意技がある.当院においてはできるだけ過激な診療は避け,患者様が受け入れやすい「保存的歯周療法」という長期的視野に立った歯科医療を通して,患者様,そして地域社会に貢献し続けようと思う.
今回まとめた内容は,歯科医療全体に関する普遍的な事項ではなく,単なる一歯科医師の経験談である.しかし,同じような境遇にある先生方やこれからこのような境遇に身をおく可能性のある若い歯科医師にとって,少しでも参考になれば幸いである.そして,歯科業界に対する国民の信頼が今後少しずつでも回復していくことを期待して,私の稿を閉じたい.
最後に,この場お借りして,当院に来院してくださるすべての患者様に感謝すると共に,当院の診療を毎日支え続けてくれるスタッフの皆さん,当院の技工を担当してくださるセラモテックシステムの森亮太氏,そして,私を一人前の歯科医師に育ててくださった先輩諸氏,また,その背中で医療人としての正しい生き方を教えてくれた父に,心より感謝いたします.